周辺情報Information around

「しろね大凧と歴史の館」のある新潟市南区には全国に名を馳せる大凧合戦、各地に伝わる数々の伝統芸能、職人の技が生む工芸品、そして、あふれんばかりの農産物があります。恵まれた自然の中で、南区の人たちが大切に守り続けている宝物の数々。その魅力に触れてみませんか。

南区エリアマップ

南区エリアマップ 桜遊歩道公園 白根グレープガーデン 白根観光きのこ園 白根大郷梨中村観光果樹園 にいがた村 アグリパーク 関根旅館(白根温泉) 凧菓子 臼井棒踊り ひょうたん・しめなわ ファミリーロッジ旅籠屋 旧笹川邸住宅 曽我・平澤記念館 白根市場 六斎市 白根大凧合戦 あさ倉旅館 新潟市しろね大凧と歴史の館 白根庭園(旧配水塔) 風と大地のめぐみ 白根仏壇 白根桃太郎直売所 月潟郷土物産資料室 ル レクチェ発祥の地 月潟大道芸フェスティバル ル レクチェ 月潟手打鎌 月潟市場 六斎市 月潟駅 かぼちゃ電車 角兵衛獅子の里遊歩道 まゆ玉飾り 月潟まつり 庄瀬市場 六斎市 月潟の類産ナシ フルーツ童夢やまだ農園 みそ饅頭 マミヤ園 新飯田市場 六斎市 池田観光果樹園 新飯田まつり 円通庵 新飯田浜おけさ

味覚の宝庫

南区を流れる信濃川と中ノ口川は幾度となく氾濫して住民を苦しめましたが、この氾濫がもたらした肥沃な土壌と生産者の努力・研究心が、四季折々の味覚をつくり、果樹王国南区が生まれました。南区は新潟県でトップクラスの生産量を誇る農産物の宝庫です。

観光農園 自分で果物をもいで豊かな実りを体感

南区の観光農園協会加盟は6箇所あり、県内最大規模の面積で、施設も充実しており、駐車場はもちろん、トイレ(身障者用含む)も完備で、雨天でも安心して果樹のもぎ取りを楽しめます。また、食事ができる施設もありご家族連れで一日お楽しみいただけます。

フルーツランド 白根グレープガーデン
フルーツランド 白根グレープガーデン
ほぼ一年を通して、ぶどう・いちごをはじめ色々な果物が楽しめます
住所 南区鷲ノ木新田573
電話 025-362-5535freedial0120-362-558
リンク フルーツランド 白根フルーツガーデン
白根大郷梨 中村観光果樹園
白根大郷梨 中村観光果樹園
秋の味覚をお楽しみください。広いです。東京ドームの1.6倍の広さ
住所 南区大郷1736
電話 025-362-5706freedial0120-044-174
リンク 白根大郷梨 中村観光果樹園
白根フルーツ童夢 やまだ農園
白根フルーツ童夢 やまだ農園
ブドウ狩りが楽しめます
住所 南区清水151
電話 025-375-4708
リンク 白根フルーツ童夢 やまだ農園
マミヤ園
マミヤ園
ブドウ狩り,ナシ狩りが楽しめます
住所 新飯田6698
電話 025-374-2759
リンク マミヤ園
池田観光果樹園
池田観光果樹園
秋の味覚をお楽しみください
住所 新飯田2584
電話 025-374-2305
リンク 池田観光果樹園
白根観光きのこ園
白根観光きのこ園
ヒラタケシメジ・ナメコ・シイタケ・マイタケなど、秋の味覚をお楽しみください
住所 上塩俵土居1493
電話 025-362-7015
リンク にいがた観光ナビ

クローズアップ1

食用菊かきのもと ~越後の秋の人気食材~

食用菊は風流な花文化の一つで、越後に秋の到来を告げる食材です。中でもかきのもとは高級品とされ、その歯ざわりと味は秀逸。県内の約8割は南区で作られています。手軽にできて、香りが楽しめるおひたしが一般的ですが、サラダ、天ぷらなどにしてもおいしくいただけます。

食用菊かきのもと

〔おひたしの作り方〕

  • 花びらをつみ取り、沸騰した湯の中へ酢と塩を入れて、ゆでる。
  • 色が濃くなってゆであがったら、広げて、さます。
  • しょう油、だし汁、砂糖を混ぜたかけ汁とあえる。

直売所・市場 四季折々の旬を感じられる場

にいがた村
にいがた村
環境にやさしい農業をめざす地元の生産者が作った農産物のみを直売。地場産の採れたてだから新鮮・安心・安全でおいしい!お米、野菜、果物、きのこ、手づくりの加工品、水産物、畜産物、等々。輸入食材はいっさい販売しない、こだわりの直売所です。
住所 南区東笠巻新田3044 新潟市アグリパーク内
電話 025-362-5889
リンク にいがた村
白根桃太郎直売所 (JA新潟みらい)
白根桃太郎直売所
JAの総合集出荷施設「フルーツフラワーしろね」に隣接されているため、地元の野菜の販売はもとより、7月の桃から始まり12月の洋ナシまで、さまざまな農産物を買うことができます。
住所 南区田尾1352
電話 025-372-3734
休業 土曜日
リンク 白根桃太郎直売所
六斎市
六斎市
月に六回開かれることから名付けられた六斎市。その歴史は古く、中には三百年~四百年の歴史を持つ市もあるほどです。新鮮な野菜や魚などの地元の旬な食料品が一堂にそろい、衣料品や日用雑貨・生花にいたるまで、生活に必要なものはほとんど買うことができるほど、さまざまなお店が並んでいます。
白根市場 四と九のつく日開催(裏町通り)
1569(永禄12)年に市が立ったとされます。白根新町通りにて鮮魚や青果、衣料品などが並びます。この地域は果樹栽培が盛んなため、夏になると桃や梨、ぶどうなども多く売られています。定期市以外に、8月12日、13日にお盆野菜市、26日には秋季野菜市が開かれます。
新飯田市場 五と十のつく日開催(中町・横町)
庄瀬市場 一と六のつく日開催(上町・下町)
リンク 六斎市 - 南区

クローズアップ2

桃畑・ナシ畑 ~春に満開~

桃畑

4月下旬から5月初めにかけて、南区の果樹園では桃とナシの花が満開となります。

ピンクと白の花が一面に咲きほこる様子は壮観。主に、ナシは信濃川堤防の大郷地区付近、桃は中ノ口川堤防の茨曽根・新飯田地区付近で見ることができます。多数のカメラマンや花見客が訪れる人気スポットです。

味の特産物

ル レクチエ
ル レクチエ ル レクチエ ル レクチエ
  • 幻の西洋ナシ 「ル レクチエ」~華やかな香りと、とろける甘味の秘密~
  • ふるさとは南区
  • 甘く芳醇な味と香り。その魅惑の果物は、今から100年以上前、フランスからこの南区の地に伝えられました。
  • ル レクチエの原産地は、ジャンヌ・ダルクゆかりの地として有名な、フランスロアーヌ地方のオルレアン市で、1882年ころ、園芸家オーギュスト・ルズウエールによって作り出されたという説が有力です。
  • ル レクチエが日本に伝わってきたのは明治36(1903)年から41年の間で、茨曽根村東萱場(現南区東萱場)の小池左右吉氏が、フランスから苗木を取り寄せて栽培を始めたとされています。風に弱く実が落下しやすい、実を結びにくいといった栽培上の難点から生産は拡大しなかったものの、非常に美味なことから、日本ナシなどの間に細々と植えられ、主に農家の自家用に食されていました。新潟では古くから「ロクチ」、「ロクチエ」などと呼ばれて、病人の滋養食や料亭のデザートなどとして高級果物の扱いをされていました。一部の美食家や古町芸妓などの間では、「幻の西洋ナシ」としてうわさになっていたようです。
  • 昭和40年代に入ると、園芸センターでの研究や栽培農家の努力などによって、徐々に生産が安定してきました。昭和50年代に入ると、県の推奨もあって贈答用の需要が増加し、栽培面積も拡大していきました。
  • 平成6年、新潟県果樹振興協会と白根市は小池氏の業績をたたえて、東萱場の地に「ル レクチエ発祥の地」顕彰碑を建てました。その碑の脇には、小池氏が取り寄せた苗木から育ったとされる、樹齢100年の古木が今も元気に実をつけています。
  • 美味しさの秘密
  • ル レクチエのおいしさの秘密は収穫後の40日間にあります。10月下旬、淡い緑色の状態で収穫されたル レクチエは、保冷庫に入れ0~2℃で冷やされた後、1カ月ほど10~20℃で保存されます。これを追熟といい、この間に独特の味と香りが実の中に蓄えられていきます。
  • 黄色く熟したル レクチェが市場に出回るのは、クリスマスソングが流れ始める12月初旬ころ。デザート、年末の贈答用として、新潟市内の食料品店や果物店などで販売されます。
  • そのまま食べてもおいしいル レクチエですが、新潟市内ではアイスクリームやワインなど、加工されたものも販売されています。南区と南区観光協会では、ル レクチエを素材としたスイーツコンテストを実施し、入賞作品を商品化するなど新たな味の研究を進めています。
  • 参考:坪川藤夫「オルレアンからの贈り物」・新潟県果樹振興協会「ル レクチエ物語」
凧菓子
凧菓子
  • 白根の大凧をかたどったお菓子。凧サブレ、凧せんべい、凧最中などのお菓子は凧合戦のお土産としても人気です。白根地域の主な菓子店で販売しています。
麩
梨ようかん
梨ようかん
みそ饅頭
みそ饅頭
  • 月潟特産の越後天然味噌を使用した蒸しまんじゅうです。まんじゅうの甘さと味噌の風味が昔懐かしい田舎の味を醸しだしています。

クローズアップ3

チューリップ・ユリ ~全国へ出荷される高級品種~

南区は切り花の生産も盛んです。チューリップ(切り花)は全国でも有数の生産量を誇り、ピンクダイヤモンド、クリスマスドリーム、エルデフランスなどのほか、珍しい品種も多く生産され、約90品種にもなります。ユリの生産量は新潟県でトップクラス。カサブランカ、マルコポーロなど、高級感あふれる品種が全国に出荷されます。

チューリップ ユリ

伝統の技と文化

人々の心が一つになる祭り、仏壇や鎌など伝統の技から生まれた工芸品。代々の技を習得し、伝えていくその際には、さまざまな苦労があります。だからこそ、それは見る人に感動を与えてくれます。

先人の思いを受け継ぎ、後世に伝えていくエネルギー。それは南区の人たちが郷土を愛してやまない心なのです。

白根大凧合戦 300年の伝統を誇る、勇壮な合戦絵巻

白根大凧合戦

信濃川の支流、中ノ口川の両岸から二十四畳の大凧を揚げ、空中で絡ませて川に落し、相手の凧綱が切れるまで引き合う世界最大スケールの大凧合戦です。
越後平野の初夏を彩る風物詩として親しまれている新潟県を代表する伝統行事です。

白根大凧合戦

大凧合戦の始まり

江戸時代の中頃、中ノ口川の堤防改修工事の完成祝いに、白根側の人が凧を揚げたところ、対岸の西白根側に凧が落ち、田畑を荒らしたことに腹を立てた西白根側の人が、対抗して凧を白根側にたたきつけたことが、起源と伝えられています。

三百年の伝統

東軍(白根)と西軍(味方)に分かれ合戦します。各組とも絵柄が決まっており、それぞれ揚がり方や掛け方にも違いがあります。各組15枚~30枚を製作し、期間中約300枚の大凧が大空に舞い上がり合戦を繰り広げます

大凧
  • 【大きさ】縦7m、横5m、和紙324枚貼り
  • 【重さ】50kg
  • 【はなお】ワラ縄製、30m×42本
  • 【揚げ手】30~40人
  • 【凧綱】径2.5cm、130m、40kg   日本麻製で名人が100日余りかけて撚る
西軍
西軍
左から、大高組・桜蝶組・五郎組・役者組・鯛町組・本新蝶組
東軍
東軍
左から、達磨組・謙信組・中蝶組・北若組・日吉丸組・一心太助組・弁慶組
巻凧

巻凧とは凧を収納するときに、縦骨をはずして巻くことから名付けられた六角形の凧で、45の組が約1,200枚の凧を製作して、東西に分かれて合戦します。

子供凧合戦大会

昭和51年から始まった子供たちのための凧合戦。九尺x二間(六畳)の凧で合戦し、30チームが参加するほどに盛んになっています。大凧合戦の前日に実施しています。

クローズアップ4

白根の大凧は世界一 ~ギネスブックが認定~

ギネス認定

凧合戦で揚げられる大凧は畳24畳の大きさで、約50kgの重さがあります。1980年3月には縦19.07m、横14.1m、重さ350kgという大凧揚げに挑戦したところ、大空を13分間舞い続けました。これは世界記録としてギネスブックに載っています。

月潟まつり 角兵衛地蔵尊祭

鳥毛の付いた獅子頭をかぶり、縞のもんぺ姿で演技する子どもたち。角兵衛獅子の舞は、南区月潟地区に伝わる伝統芸能です。

越後月潟角兵衛獅子
越後月潟角兵衛獅子

江戸時代には、春の風物詩として隆盛を極めた角兵衛獅子も、明治時代に入ると、徐々に衰退していきました。

昭和11年、保存会の結成により復活を遂げ、昭和47年には天皇・皇后両陛下の御前でも演技を行い、伝統芸能として認知されるようになりました。

現在では、初夏の月潟まつりなどで角兵衛獅子の舞が披露されています。

南区観光協会デラシネ通信さとッチ!

角兵衛地蔵尊
角兵衛地蔵尊

昔より角兵衛獅子の一党が技芸上達・道中安全を祈願し、守護尊としたのが角兵衛地蔵尊です。全国巡業中の全てが6月23日宵宮から24日、25日に帰郷し、その芸能を競演奉納して尊霊を慰めるようになりました。(現在は、月潟まつりに併せて鎮守白山神社境内で演技奉納されています)

新潟県測量設計協会

南区のイベント・まつり

風と大地のめぐみ 南区凧フェスティバル&産業まつり
風と大地のめぐみ
凧フェスティバルでは白根の大凧をはじめ、さまざまなユニーク凧など、普段触る機会のない凧を見て、実際に揚げることができます。
産業まつりでは地場農産物の販売・詰め放題、しろねポークの試食販売など、南区の秋の味覚を楽しめる催しがいっぱいです。
期日 10月上旬 午前9時30分~午後3時
会場 白根総合公園内多目的広場・催し物広場ほか
内容 ○大凧揚げ大会 ○飲食店 ○和凧プレゼント ○大凧と歴史の館無料開放~凧合戦立体映像など~ ○催し物会場~総踊り・郷土芸能ほか~ ○フリーマーケットほか
リンク 南区観光協会
月潟大道芸フェスティバル
月潟大道芸フェスティバル
大道芸人たちによるストリートパフォーマンスや農産物の即売会などが行われます。特設ステージでは月潟太鼓と角兵衛獅子の舞の演技が披露されます。
期日 9月下旬 午前10時30分~午後5時
会場 月潟商店街他
内容 ○オープニングセレモニー ○ストリートパフォーマンス ○角兵衛獅子の舞 ○特産品プレゼント大抽選会 ○フリーマーケット ○飲食コーナー ○特産物販売コーナーほか
リンク 月潟大道芸フェスティバル
新飯田まつり
新飯田まつり
歴史と伝統のある「新飯田まつり」。大祭では、神楽舞をはじめ、大名行列や稚児行列など見どころたっぷり。みこしを神社に奉納する勇壮な『舞い込み』では新飯田魂が熱くぶつかり合います。
期日 6月中旬(金曜日:前夜祭)
会場 新飯田商店街およびその周辺
内容 ○小学生鼓笛行進 ○小川連中の神楽舞と郷土芸能 ○大名行列、稚児行列、みこし行列 町内一巡 ○みこし舞い込み(町神明宮境内)
リンク 南区観光協会

南区の伝統芸能 各地で受け継がれる技の数々

獅子舞・神楽舞
獅子舞・神楽舞
白根の獅子舞 4人で8本足の獅子舞は全国でもまれ。江戸時代に伊勢の芸能が伝わったといわれています。
吉田家神楽 岩戸神楽の系統にある古式ゆかしい優雅な舞
西白根神楽舞 獅子神楽の系統で、白根神社の秋祭りなどで奉納されます。
茨曽根太々神楽 出雲大社から京都を経て伝えられたといわれています。
新飯田浜おけさ
獅子舞・神楽舞
新飯田地区の小川連中が継承。新飯田まつりの大祭などで踊りを披露します。

南区観光協会

臼井棒踊り
獅子舞・神楽舞
4人1組で棒を持って踊ります。100年以上前、豊作祈願や新築祝いなどのときに踊られていたといわれています。

ニイガタカラ.Net

白根仏壇 職人の魂が込められた仏壇

白根が育んだ伝統工芸
白根仏壇

300年の歴史を有する白根仏壇は、1980年(昭和55年)に通商産業大臣(現・経済産業大臣)から指定を受けた伝統工芸品です。

伝統工芸士 笠井武さん
伝統工芸士 笠井武さん

その歴史をひも解くと、江戸時代中期に宮大工の初代長井林右ェ門が、京都の技術・技法を取り入れて京形の仏壇を作り、独自の彫刻を施した「白木仏壇」を考案したのが始まり。天明年間には白根独特の技術と技法が生まれ、分業化の生産体制が確立されました。

「安政3年には、中ノ口川を通じて新潟港まで仏壇を運び、東北地方に出荷していたそうです」と語るのは、伝統工芸士(漆器・箔押部門)の資格を持つ笠井武さん。「白根が仏壇の産地として栄えたのは、生産体制や流通が早くから確立していたということに加え、昔から多くの水害に見舞われてきた白根の人々の、仏に祈る気持ち、信仰心の強さが背景にあるのでは」と語ります。

受け継がれる技と誇り
300年の技術の結晶、宮殿(くうでん)
300年の技術の結晶、
宮殿(くうでん)
漆塗りに使う道具の数々
漆塗りに使う道具の数々

白根仏壇の制作工程は、木地・彫刻・金具・塗箔・蒔絵の5部門に分業化されていて、各分野専門の職人たちの高度な技術が合わさって、一つの仏壇が出来上がります。

技が特に集約されているのが、仏壇の生命ともいわれる宮殿【くうでん】(屋根)。内部は驚くほど繊細な造りで、豪華な仕上がりになっています。

300年という歴史を積み重ね、伝統工芸品となるほど、その価値を高めてきた白根仏壇。伝統に培われた高い技術とともに、「良いものを作りたい」という職人たちの熱い思いと誇りは長く受け継がれていきます。

新潟県にいがた匠の技伝統工芸 青山スクエア

■問い合わせ/白根仏壇協同組合(白根商工会内)TEL 025-373-4181

クローズアップ5

越後しろね絞り ~復活を遂げた、鮮やかな藍~

越後しろね絞り

愛知の鳴海絞り、大分の豊後絞りと並んで日本三大絞りの一つに数えられ、新潟市無形文化財に指定されている越後しろね絞り。白根の地で絞りが行われるようになったのは江戸時代後期で、その後、生産額が増加し、明治末期から大正期にかけて隆盛を迎えたといいます。関東へ伝わった鳴海絞りが、渡り職人・福島兵吾によって白根の紺屋・外川政次郎において行われ、その技術に改良が加えられて白根絞りとして確立したと伝えられています。

その後、世界恐慌や第二次世界大戦の影響や、戦後になると化学染料の織物などにおされて徐々に衰退していきました。昭和63年、市民グループの手によって復活し、今もその高い技術が伝承され続けています。反物だけでなくネクタイやハンカチなどにもなっています。しろね絞りはしろね大凧と歴史の館で見ることができます。

伝え継がれる職人の技

刀匠の技-月潟手打鎌
月潟手打鎌

月潟手打鎌は、一般的な草刈り鎌や造林用、また厚鎌、薄鎌、小鎌と幅広い需要に合う手打ならではのバリエーションで、その切れ味と耐久性が全国で評価、愛用されています。

その製造は地がねと刃がねを貼り合せ、ひたすらたたき延ばして、焼入れをし、刃がねに切れ味の生命を与え創り出すものです。

その発祥は、江戸時代の中ごろ、天明年間(1781~88年)に刀鍛冶であり、農鍛冶の仕事もした「薄田沖右衛門」が、そして、文化年間(1804~17年)には「薄田周平」が黒鳥村(現新潟市西区)から移り住み、月潟村で鍛冶を始めた事を起源とすると伝えられています。

現在は、近隣市町村を合せて30企業ほどが手打鍛造と鋼付けの技法を守り、需要家の注文に応じ特殊な物まで各種製造。鎌の総合産地として金物の町三条市を中心とする産地問屋を経て、関東・東北をはじめ全国各地に流通し、高い評価を受けています。

ひょうたん・しめなわ(味方)
ひょうたん・しめなわ

独特の愛らしい形をもつひょうたん。味方地区の趣味の会、「味方愛瓢会」が大型・中型・小型・変わり物などの品種を栽培し乾燥させたひょうたんに独特の「絵」や「飾り文字」「飾りひも結び」の技術で飾り物を作っています。ひとつとして同じものがない独特の愛らしい形をしていて、手ごろなお土産として好評です。

正月飾りに欠かせない、しめ縄は、青刈り稲の色と香りをそのままに、ひとつひとつ手作業で作られます。

まゆ玉飾り(月潟)
まゆ玉(月潟)

まゆ玉飾りは越後の冬の風物詩で、座敷などにつるし、家族で新年を祝う小正月の縁起物として飾られています。枝につるされたまゆ玉を見ながら、商人は商売繁盛、農家は五穀豊穣を祈ったといいます。

嘉永年間(1848~1854)の頃、信州を巡業していた越後獅子の親方半五郎一行が、柳の枝に養蚕のまゆや色紙の小判を吊り下げているのを見て、それをもち米を原料にしたまゆ玉で真似たのが始まりとされています。

まゆ玉の特徴は、もちを焼いてから色を付ける点で、独特の風合いは秘伝です。

現在、伝統のまゆ玉を作っているのは南区月潟の多屋商店だけで、遠く北海道や九州からも注文が寄せられます。まゆ玉作りは、毎年12月中旬から小正月まで続き、熟練した職人の手でひとつひとつ命が吹き込まれていきます。

大切な先人たち

ふるさとを思うからこそ、偉大なる先輩たちを忘れない。地域の偉人は、南区の誇りであり、支えでもあります。

郷土の先人たちの活躍を知る

加藤清二郎かとうせいじろう
加藤清二郎

1898年(明治31年)に旧白根市に生まれる。

1921年(大正10年)上京。

1924年(同13年)、外回り際に外食するのにいい場所が無いことに目をつけ、個人経営の須田町食堂を開店。レストランの企業化を最初に実現し、外食産業の礎を築いた。

1934年(昭和9年)には株式会社聚楽(じゅらく)を設立して代表取締役就任。新宿、上野など東京都内を拠点にレストランを展開した。また、東京と新潟をつなぐ列車食堂で新潟にも外食産業を展開。戦後派ホテル業にも進出した。

1982年(同57年)逝去。旧白根市名誉市民。

石山賢吉いしやまけんきち
石山賢吉

1882年(明治15年)、旧白根市出身。

1906年(同39年)、慶応義塾商業学校を卒業。雑誌、新聞の各記者を経て、

1913年(大正2年)経済雑誌ダイヤモンド社を設立し、雑誌「ダイヤモンド」を創刊した。

1955年(昭和30年)、雑誌社経営及び雑誌編集者としての業績に対して、第三回菊池寛賞を受賞。

1962年(同37年)藍綬褒章、紺綬褒章。

1964年(同39年)逝去。従四位に叙せられた。

佐藤幸治さとうこうじ
佐藤幸治

1937年(昭和12年)、旧月潟村出身の憲法学者。

1961年(同36年)京都大学法学部を卒業。

1975年(同50年)から京都大学法学部教授に就任。

2001年(平成13年)近畿大学法学部教授に、

2004年(同16年)近畿大学法科大学院教授に就任。

このほか、司法制度改革審議会会長や皇室典範に関する有識者会議のメンバーに選ばれるなど要職に就き、活躍している。旧月潟村名誉村民。

千野茂ちのしげる
千野茂

1913年(大正2年)、旧白根市生まれの彫刻家。

1933年(昭和8年)に旧白根市から新潟市に転住し、島田美晴に木彫を師事。

1934年(同9年)に上京して、翌年に新海竹蔵に師事。

1942年(同17年)に院展初入選。

1955年(同30年)に日本美術院同人に推挙される。

1963年(同38年)には国画会会員、

1976年(同51年)には東京芸術大学教授となる。

その後、東京芸術大学名誉教授となる。

2002年(平成14年)逝去。

吉田醇一郎よしだじゅんいちろう
吉田醇一郎

1899年(明治32年)、旧味方村に生まれる。

1912年(大正元年)、13歳で上京し、浅草で徒弟奉公しながら、日本画を山中敬中、蒔絵を植松包美に師事。

1925年(大正14年)の第12回農展に蒔絵作品を出品し3等賞を受賞。

1927年(昭和2年)の第8回帝展から入選を重ね、第11回展、第15回展には特選となる。

戦後は日展で活躍。日展会員、評議員、審査員を務め、的確な技法による鮮烈で華麗な漆芸作品はわが国の漆工芸でも大きな注目を集めた。

1969年(同44年)逝去。

長井亮之ながいりょうし
長井亮之

1904年(明治37年)年に旧白根市に生まれた日本画家。

1936年(昭和11年)、院展に初入選。

1937年(同12年)、小林古径に師事し、酒井三良から指導を受けた。

1960年(同35年)には奥村土牛に師事。

1967年(同42年)、院展にて奨励賞、白寿賞、G賞を受賞。

1968年(同43年)、院展で特待に推挙される。

その後、新潟日報文化賞受賞。晩年は朱鷺を描き続け、「朱鷺の画家」として知られている。

2004年(平成16年)逝去。

平澤興ひらさわこう
平澤興

1900年(明治33年)、旧味方村に生まれる。

1920年(大正9年)、京都帝国大学医学部に入学。大学3年時に基礎医学の道に進むことを決めた。

1924年(大正13年)、京都帝国大学医学部を卒業。研究を重ねる。

1930年(昭和5年)には新潟医科大学教授に昇進した。脳脊髄の「錐体外路系」の研究が世界的に認められる。

1946年(同21年)に京都帝国大学へ。

1951年(同26年)には日本学士院賞を受賞。

1957年(同32年)に第16代京都大学総長に選ばれた。

1989年(平成元年)逝去。旧味方村名誉村民。

曽我量深そがりょうじん
曽我量深

1875年(明治8年)、旧味方村に生まれる。仏教思想家。

1897年(同30年)、浄恩寺・曽我慧南師の養子となり曽我姓に改姓。真宗大学、東洋大学、大谷大学で教授を歴任。

1941年(昭和16年)には東本願寺最高の学階である真宗大谷派講師を任ぜられる。

1951年(同26年)、大谷大学名誉教授に就任。

1961年(同36年)には同大学の学長に就任し、以後6年の任期を務めた。

1965年(昭和40年)、勲三等瑞宝章を受章。

1971年(同46年)逝去。旧味方村名誉村民。

歴史の館

旧笹川家住宅(笹川邸)
旧笹川家住宅(笹川邸)

旧笹川家住宅(笹川邸)は、日本でも有数の規模を持つ、江戸時代後期の大庄屋の住宅です。中ノ口川と味方江に面し、近郷における用排水と水運の要地に位置しています。この住宅の所有者であった笹川家は、安土桃山時代に信濃国水内郡笹川村から、この味方の地に移住し、1970年(昭和45年)にこの地を離れるまで、14代300年にわたって続いた名家です。江戸時代には、味方組8カ村(味方、白根、板井、木場、黒鳥、北場、亀貝、小新。合計約8,000石)を束ねる大庄屋を代々務め、年貢を取りまとめ、藩から与えられた警察・裁判権を行使していました。その一方で、水害の多かったこの地域での新田開発に貢献してきました。

現在の母屋は、1819年(文政2年)の火災で全焼した後、1826年(同9年)までに旧村松町の棟梁、小黒杢右衛門によって再建されたものです。前庭の眺望、威厳のある表座敷、高い木組み天井の広間、土庇と障子欄間、建ち並ぶ土蔵群は、いずれも雄大さと雪国らしさを兼ね備え、この地域の発展を主導した「豪農」の気概を、今に伝えています。

○重要美術品認定 昭和24年(1949年)4月13日
○重要文化財指定
指定物件
昭和24年(1949年)4月13日
表門、表座敷及び台所、居室部、奥土蔵、雑蔵、文庫
建築総面積 約500坪(1,650平方メートル)
(追加指定)
指定物件
昭和53年(1978年)5月31日
米蔵、飯米蔵、三戸前口土蔵、井戸小屋、外便所(周囲の堀・土塁・板塀・裏門・庭塀を含む)
土地指定 宅地約4,300坪(14,252.24平方メートル)
(追加指定) 平成3年(1991年)5月31日
(棟礼の附)
○建築年代 表門 天正年間(1573-1591年)と推定
三戸前口土蔵 文政3年(1820年)
居室部 文政4年(1821年)
表座敷及び台所 文政9年(1826年)
米蔵 慶応3年(1867年)
奥土蔵・雑蔵・文庫 江戸後期、飯米蔵 江戸末期 井戸小屋・外便所 明治期
問い合わせ 重要文化財 旧笹川家住宅
〒950-1261 新潟市南区味方216 TEL 025-372-3006
リンク 新潟市にいがた観光ナビ
曽我・平澤記念館
曽我・平澤記念館

このモダンな造りの記念館は、旧味方村出身の二人の名誉村民「曽我量深(そがりょうじん)」師と「平澤興(ひらさわこう)」博士の功績と遺徳をたたえ、この二人の偉大な先人を生んだふるさと味方を広く紹介し、永く後世に継承するために1991年(平成3年)10月に建てられました。

半円をモチーフにした1階ギャラリーの奥に、曽我・平澤両氏をそれぞれに偲ぶ記念室があります。遺品や文献図書類がここに展示され、両氏の人となりを知ることができます。ホール上の2階は企画展示室です。二人の偉人を輩出した味方村を広く紹介するスペースとして、郷土芸術家の作品展など、さまざまな催しに利用されています。

旧笹川家住宅が建造物の文化財であるのに対して、曽我・平澤記念館は両氏の人間性に触れられる、ふるさと味方の「こころ」の文化財です。市民に大きな心の糧をもたらしています。

開館時間 午前9時-午後5時
休館日
  • 月曜日(休日の場合は翌日)
  • 休日の翌日(土曜日が休日の場合は火曜日)
  • 12月28日-翌年1月3日まで
入館料 〈個人〉大人(高校生以上)500円 小人(小・中学生)300円
〈団体(20人以上)〉大人(高校生以上)400円 小人(小・中学生)200円
※旧笹川家住宅、曽我・平澤記念館共通
※小・中学生は、土・日・祝日無料
問い合わせ 曽我・平澤記念館
〒950-1261 新潟市南区味方213 TEL 025-373-6600
リンク 南区 | にいがた観光ナビ
円通庵
円通庵

円通庵には有願という僧が住んでいました。有願は良寛と交流があり、互いに影響しあいました。有願は諸国を修行の後、晩年を円通庵で過ごし、子どもたちに手習いを教え、人々を導いたといわれています。

周辺スポット

アグリパーク
アグリパーク

アグリパークは、農業に触れ、親しみ、農業を学ぶ場を提供する、日本初の公立教育ファームです。

農作業、家畜の世話、チーズやバター作りなどを体験することは、子どもたちが、地域の農業・食文化に興味を持ち、食の大切さを理解し、地元への愛着を深め、ひいては地域そのものに誇りを持つことにつながります。
新潟市の小学校では、農業体験、食育を実施する教育ファームが始まっており、すでに学校田での体験などを授業に取り入れているところもあります。

アグリパークでは、教育委員会が中心となって作成した、学習と農業体験を結びつけた農業体験学習「アグリ・スタディ・プログラム」を実施しています。
幼稚園や小・中学校向け、一般向けなど、子どもから大人まで幅広い年齢層の方が体験できるプログラムを用意しておりますので、学校などの団体利用だけでなく、家族、友だち同士、町内会などでもご利用が可能です。
プログラムは主に、クラブハウス、体験ハウス、体験ほ場、体験畜舎で実施しますが、地域の農家の方との連携により、果樹や稲作体験など、近隣ほ場にて活動できる内容もあります。

また、農業をやってみたいという方のために、就農支援プログラムも用意しています。
食品加工支援センターでは、食品加工技術、パッケージ、デザイン、販売流通、マネジメントを一体的に学べるプログラムにより、6次産業化を支援します。試作品のテスト販売を行うことで、具体的なマーケティングにつなげていくことができます。
数日間に渡り、体験や研修にじっくり取り組みたい方のために、宿泊施設も整備されています。

南区の農産物を主として販売する直売所、地元食材を使い季節ごとのメニューを提供するレストランもありますので、観光拠点としてもお立ち寄りください。

桜遊歩道公園
桜遊歩道公園
桜遊歩道公園

鷲ノ木大通川の両岸にある桜遊歩道公園は、春の桜から初夏のツツジが満喫できる水辺のオアシスです。年中ヘラブナ釣りが楽しめる場所として、県内外の釣り人にも有名で、桜の開花時期には、花見客や釣り人で一日中にぎわいます。

白根庭園 (旧配水塔)
白根庭園

白根庭園は、純日本式の庭園で、若葉と紅葉の頃の閑雅(かんが)な雰囲気が素晴らしく、雪景色にも深い趣があります。旧配水塔は昭和8年に建てられたもので、中ノ口川沿いのランドマークです。県内で残っている配水塔は4つで、貴重な歴史的建造物です。観桜会や白根大凧合戦の期間中にはライトアップされ、幻想的な趣を感じることができます。

ル レクチェ発送の地
ル レクチェ発送の地

数ある西洋梨の中でも最高の味と香りを誇るル レクチエは、1903年頃茨曽根の小池左右吉氏が、フランスから取り寄せて栽培を始めたのが日本で最初です。

ル レクチエは栽培が難しく、当初は失敗の繰り返しでしたが、試行錯誤を重ね現在では全国一の品質と生産量を誇ります。

今では、ル レクチエ発祥の地として記念碑が建てられています。

月潟の類産ナシ
月潟の類産ナシ

月潟の梨栽培は、文化年間(1804~17)大別当深沢剛蔵氏が上総国より梨苗「類産」を求めて始まりました。その原木が今も深沢家の梨畑にあり、国の天然記念物に指定されています。根元のまわり2.4m 樹高1.8mで8本の大枝に分かれています。

果実は月潟の特産品「梨ようかん」として用いられています。

月潟郷土物産資料室
月潟郷土物産資料室

月潟農村環境改善センター内にあり、角兵衛獅子に関する資料を展示紹介しています。また、昭和25年(1950年)に美空ひばりさんが「鞍馬天狗 角兵衛獅子」で角兵衛獅子の少年杉作を演じた映画『初笑いとんぼ帰り道中』のロウ人形も展示しています。

その他、月潟手打鎌の製造過程等や旧農具なども展示しています。

月潟駅 かぼちゃ電車 角兵衛獅子の里遊歩道
角兵衛獅子の里遊歩道

平成11年4月まで運行していた新潟電鉄の跡地を遊歩道にしたもの。「美しい日本の歩きたくなるみち500選」にも選ばれています。

全長2.2kmのコースには、旧月潟駅の駅舎や電鉄車両(かぼちゃ電車)、角兵衛獅子の守護尊「角兵衛地蔵尊」、美空ひばりさんが映画で歌った「越後獅子の唄」の歌碑などがあります。コースにはたくさんの桜や高・低木が植栽されており、四季折々の景観を楽しむことができます。

5つの海水浴場 (西蒲区)
5つの海水浴場

日本海に面した風光明媚な「越後七浦シーサイドライン」には、「越前浜、角田浜、浦浜、間瀬下山、田ノ浦」5つの海水浴場があります。佐渡島を望む海水浴場は夏になると多くの人で賑わいます。

新潟市岩室観光施設 「いわむろや」(西蒲区)
新潟市岩室観光施設

古くから北国街道の湯治場として知られる岩室温泉には、西蒲区の観光情報を発信する観光施設「いわむろや」があります。

地域の観光情報や物産販売、農産物の朝市をはじめ、無料の足湯を楽しむことができ、様々なイベントも開催しています。

市文化財センター まいぶんポート(西区)
市文化財センター

旧石器時代から江戸時代に至る700カ所以上の遺跡の発掘調査や、出土遺物の調査研究・収蔵保管・展示活用を行っています。民俗資料収蔵庫を併設しているほか、市指定有形民俗文化財の旧武田家住宅を移築・復元。拓本体験や勾玉づくりなど、体験メニューも充実しています。

佐潟(西区)
佐潟

日本で10番目のラムサール条約湿地に指定された、県内でも最大級の砂丘湖「佐潟」。ハクチョウやカモなどの渡り鳥と、ミズアオイに代表される水生植物の宝庫でもあります。隣接の佐潟水鳥・湿地センターから、10台のフィールドスコープで自由に潟面を観察できます。

秋葉公園(秋葉区)
秋葉公園

新津駅から車で10分ほどの場所にある緑の丘陵が秋葉公園です。園内には桜の名所である見晴広場や、日本庭園、牡丹園のほか、楽しくスポーツができるトリムコースなどのさまざまなレクリエーションゾーンが点在。秋葉山頂の展望台から日本海や五頭連峰を望む景色も素晴らしく、ハイキングにはぴったりの公園です。

中野邸美術館(秋葉区)
中野邸美術館

「日本の石油王」と呼ばれた中野貫一の邸宅と庭園を、中野邸美術館として公開しています。庭園には約130種、2000本のもみじが植えられており、秋には多くの観光客の目を楽しませてくれます。

お宿

あさ倉旅館
あさ倉旅館

中ノ口川のほとり、白根庭園の近くにある旅館。白根大凧合戦会場もすぐ近くです。

【住所】南区上下諏訪木20【電話】025-372-2029

関根旅館(白根温泉)
関根旅館

古くから親しまれる湯治と憩いの場、皮膚に良く体が温まる湯として親しまれています。

【住所】南区引越261【電話】025-373-5713

ファミリーロッジ旅籠屋 新潟南店
ファミリーロッジ旅籠屋 新潟南店

アメリカンスタイルの、素泊まりのミニホテル

【住所】南区鯵潟606【電話】025-372-1685

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